お知らせ
- 2024-11(1)
- 2024-10(1)
- 2024-04(1)
- 2024-03(1)
- 2023-12(1)
- 2023-10(1)
- 2023-06(1)
- 2023-04(2)
- 2023-01(1)
- 2022-11(1)
- 2022-10(1)
2023/04/18
〈すきやばし次郎本店〉と僕
自分用の記録ですが、私の鮨が始まる原点についてなので、日記のように綴ることにしました。ご興味ありましたらお付き合いくださいませ。
2023年4月18日(火) 18:36
今日、僕は長年夢をみていた鮨の神様に逢いに行きます。私が鮨をにぎることに大きく影響を与えてくれた方に...。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もともと鮨は好きな方だった。とは言え、時々回転寿司に行く程度で、回らないお店に行ったことはなかった。
今でも何故だか分からないことがある。読書家でもない自分が、ある日『寿司の技術大全』という五千円もする専門書を買った。そして参考書を買ったことに満足して勉強しない受験生のように、1頁も開くことはなく本棚で数年眠っていた。
その頃の僕は、寺社仏閣、温泉、古民家などの木造建築、手拭い、落語...そういったものに強く惹かれていた。もしかしたら、その並びに鮨もあったのかも知れない。違和感はない。だけど、相変わらずたまに回転寿司を食べるくらいであの本は眠ったままだった。
2015年頃のこと。
きっかけはなんだったんだろう?これもよく解らない。映画『二郎は鮨の夢を見る』を観た。85歳(2011年映画撮影時)にしてつけ場に立たれている〈すきやばし次郎本店〉小野二郎氏のドキュメンタリー。
〝雷に打たれた〟
体に電気が走ったように感じた。
鮨をとんでもなく美しく感じた。マグロの赤とシャリの白のコントラストが、玉子を鞍掛けにするフォルムが...。鮨は芸術だと思った。
小さな一貫に込められた想いと技術に震えた。上手く説明できないけれど、僕が強く惹かれていたものの全てが鮨には宿っているように感じた。
映画を鑑賞した後にあの本のことを思い出した。そして、毎日毎日読んだ。スーパーで魚を買って練習を始めた。お金が少なくなったら、卵を買うようにしてカステラ玉子の練習が増えた。本物の味も知らないままに。それから少しずつ鹿児島の回らないお店に行くようになった。でも何かが違う...。やっぱり僕は、一つひとつのネタに仕事をした〝江戸前鮨〟に傾倒しているようだった。
本物を知りたい!そう思って〈すきやばし次郎本店〉へ予約の電話を掛けまくった。全く繋がらず、やがて無機質な「当月の予約は全て埋まりました」という自動アナウンスが流れた。行けない。
それからまた数年経が経つ。
新規の予約は受け付けない期間があったと思う。あゝ、僕は二郎さんにお会いできないのだろうかと半ば諦めに近いものを感じ始めていた。
時は流れてサラリーマンを辞めた。
鮨の道を選び、色々あって独学で進むことに決めた。なんの後ろ盾もない。分からないことだらけ。全国各地の鮨を勉強する機会も得られたし、様々な出逢いがあった。
そして、〈すきやばし次郎本店〉へ通っていらっしゃる方とのご縁を頂いた。なんと、その方とご一緒させて頂き、凡そ8年越しの夢が今叶おうとしている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お店の前には何度も立ったことがある。空気だけでも共有したくて。
以前、ダウンタウンの浜ちゃんが志村けんを初めてツッコミでどついた時のこと。松ちゃんが、「この(志村けんのおでこと浜ちゃんの手の)距離は遠かったで〜」みたいな事を言っていた記憶がある。幼い頃に遠くから見ていた大好きな芸人さん。すぐ近くまで来ることができた。でも行けない。そして遂に行けた。
まさにそんな気持ちだった。
何十回と観たあの映画の景色が目の前に広がる。お弟子さんがいっぱい。わあ!長男の禎一さんだ!あれ?二郎さんはいない!...そうか、仕方ない。御歳97歳だもの。そう気持ちを切り替えて席に着くと、奥の方から「いらっしゃーい」と小さくもはっきりと聞こえる声で二郎さんが登場した。そして、そのまま僕たちににぎってくれた。つくばいの水の流れる音がなんとも心地良かった。
これまでの想いと、今目の前でにぎっている二郎さんを見て何度も泣きそうになった。
水分をしっかりと含みながらもベタつかず、コロコロと粒立った酢の効いた唯一無二のシャリ。ネタはどれも見事な仕事がされており、このシャリとのバランスが絶妙。唸る、泣きそう、唸るの繰り返し。
この日、特に素晴らしかったのはコハダ・蛸・赤貝。コハダは旨味の頂点はココだ!と指示棒で教えられているよう。バチバチに〆られており、そのしっとりとした食感も素晴らしかった。昨日でも明日でもない、今日が頂点と確かに感じた。蛸は1時間揉まれているという。大変な仕込みだ。それは素晴らしい香りと柔らかさだ。これもずっと食べてみたかったネタだった。時期的に終わりに近い赤貝は磯の香りと甘みが堪らない。全てを語るには長くなりすぎる。
〝王道を往く〟
正にそれを感じた。
つまみはない。30分だけの非日常。
食べ終えて思ったことは、
〝もっともっと鮨が好きになった〟
ということ。
ゴールドエクスペリエンスだ。これから僕はどんな鮨をにぎるだろう。僕が体験したことは必ず僕の鮨に宿る。お客様のご感想が全てだ。
全国にはこんな想いにさせてくれるお店が沢山ある。その末席に名を連ねることができるよう、怠けず真面目にコツコツと。そして、日の暮れぬうちに。
この感動を明日に持ち越したくなかった。今感じている真っさらな気持ちをここに刻む。
最後に、貴重な機会をくださったAさんに心より感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
2023年4月18日(火)
鮓めぐ三
惠 範彰